昭和42年2月3日 夜の教話
今日は早くも、久保山先生の三十日祭が、内々ばかりで奉仕されました。若先生が奉仕するはずでございましたけれども、ちょうど、あちらから迎えに参りました時に先生がおりませんでしたから、もう、私はこのまま参りました。ここでも、私が行くことを知らなかったですから、まあ、びっくりされたんですけれども。参りましたら、ちょうど、あの、先生の甥御に当たられます、後藤寺教会の若先生ですかね、後藤寺の先生がお見えになっておられました。
それは、あの、今日が、三十日祭というようなことを、急に予期せずに来たと言われます。三日が、いつも、あちらは甘木が親教会でございますから、三日の、今日の御礼、出社の先生方が全部集まられて、やっぱり、30名、多い時に40名から月々集まられるそうですね。出社の先生方がみんな集まって、そして、まあ、一緒にお礼を申し上げられたり、そして、その後は信心の共励をなさったりするんだそうです。
それで、だから、まあ、こちらの方に回って見えたんです。ですから、お祭りを私、奉仕させて頂いてから、まあ、色々御直会頂きながら、先生と話したんですけども。
先生、甘木がああして、隆々たるごひれいを頂かれ、そして、現にまた、そうしたおかげを頂いておられるということは、どういうところに、その、甘木がおかげを受けるというものがあるのでしょうかね、と言うて訪ねたんですね。そしたらね、道を大事にされることでしょうと、こう言うのです。
ですから、やはり、そのお弟子さん方も、やはり、その道を大事にされるという意味のことを仰るんですね。同時に、それだけじゃないと思うんですが、例えば、そうですね。まあ、言うなら、初代の信心であるところの、「我よしと思う心を仇として、夜毎日毎に戦いて行け」と教えておられたが、そこんところに焦点を現親先生も置いて行かれるからでしょう。それは、あれだけの信者と、あれだけのたくさんの出社を持っておられることでございますから、大変な重みである。
それこそ、夜も眠られんといったようなこともお在りになるでしょうけれども、やっぱりあれが、現在、ごひれいも落とさずに隆々としてごひれいを頂いておられますから、というような。まあ、聞かせて頂きながら、私はもう、思いもし、また、お話もしたことなんですけれども。その道ということについては、もう少し問題がありそうだと私は思うたんですけれどね。
同時に、我良しと思う心を仇として夜毎日毎に戦いていけという、ここんとこに焦点を置いたら、もう、問題は無くなるですね、やはり。これは、どれだけ重責、どんなに重い責任を感じておってもです、どれだけ沢山の教え子がおってもです、ね、もう、ここに置いたら、もう、確かに、ここに極めて行ったらですね、焦点を置いて行ったら、問題は何も無いです。ああいう大徳の先生のところの、二代三代を継がれるのが大変だ、と。
いかに大変だと言うても、そこんところが分かったら大変じゃないて、私が。どんなに弟子の中に、屑の子がおりましても、どんなに、例えばあかずやしろというような人がおりましても、どんなに、ごひれいに傷つけるような人がおりましても、その問題を考えたら、眠られんくらいに心配でしょうけれども、そのことが私の不徳のためであり、私のいたりませんからというようにです、私自身というものに焦点を置いて行ったら、問題はない、と。
あっちとかそれは問題ない、私が、と。だから、私が改めて(行くことに?)精進したら、問題は無くなる。本当にそこですね。あの御教えなんか、確かにこれは、甘木が、反省が非常に銘々なされるから、本当にそこに焦点をおいて、反省させて頂いたら、ほんなこつなら、もう、ああ、問題はないとですねと言うてから、言われる。そうですよ、と。
もう、そこに焦点をおいたら、問題はないのです、と。例えば、お店をしておるなら、お店をしておっても、ね、店員たちの一人一人のことの上に置きましても、ね、家族、たとえば、百姓しておりましても。ね、お野菜の出来が良かっても、悪かっても、ね。そのことが、私の信心の不行き届きのためであるとうことになったら、お前がこげんとこに肥やしばやりすぎたけんくさい、と。お前がここに、草ばとらんけんくさいということは、いらんていうこと。ね。
( )の信心が出けたら、ちゃんと、具合よう、肥やしを、例えばかけすぎたこともおかげであり、畑に入り損なうておったことが、かえっておかげであるというようにです、おかげになって行かなきゃならん。それがです、形の上におかげになってないこんならば、本当に私の不行き届きのためにと、私が改まって行ったら、誰も、また、彼もない。
結局、その中心であるところの信心が、その責めを負うて行き、そこを詫びて行き、そこを改まって行きゃあいいんですが。ね。そこに、私はあの、甘木の親先生の、信心の一番素晴らしいとこは、そこだと私は思うですねと言うて、お話をしたことです。
もう、本当に、我よしと思う心を仇として、夜毎日毎に戦う。もう、夜毎日毎に、自分自身の心の中に、その、戦いに戦ってお出でられたということ。かと言って、そんなら先生が、例えば、なら、一つも教えておられないかと言うと、やはり、もう、その教えをされるということにおいては、もう、実に徹底しておられた。ね。甘木の初代が、まだ、五十代までぐらいは、朝5時の御祈念から10時に下がられるまでは、御結界を下がられなかったそうですもんね。ご飯を頂かれる暇がなかった。
もう、いかにその、御理解が懇切丁寧を極めておったかていうことが分かるですね。だから、一食だったそうです。ね。いかに、おかげを頂かれる方は、やっぱり違う。もう、そこんところに、ひとつの生き甲斐、そこに楽しみを感じておられたというようなお話を聞かせて頂きまして。さすがに、なるほどと、こう、思うのですね。そこで、んなら、さあ、なら、私が悪い、私が悪いけんと言うてです、なら、子供達に何も
教えんでええかち言うと、そうではないですね。これは、お前はこげな事するけんで、あんたがこんなことじゃから、こうなったというような教え方ではなくてです、そこんところを、私は、懇切丁寧に自分が分かっておるところは、教えて行かなければいけないと、私は思うですね。
昨日、あちらへ参りました。私が便所に立たせて頂いたら、純坊が、「先生、便所はこちらよ」ち言うちから、連れて行ってくれるんですよ。そして、私があの、「先生、ほら、スリッパ」スリッパを掃いて行けち(言うとですね?)そして、私を呼んでから、こう、扉を開けてやってからですね、ちゃんと見とりますもん。はい、先生、それと、換えにゃいけんて、向こうん中にまいっちょスリッパ入れてありますもんね。それで、ああ、そうね、んなら、換えて。そしたら、ちゃんと、その、して、紙が入っとるじゃろうかち言うってから、こうやって言うとですよ。
私、そういうようなことを、今日は、先生御霊さんの前でもですね、今日はね、純坊がね、私が便所にこげん言うてから案内して行ったつよって。もう、庭の梅もね、赤みをだいぶん増して、こんなに膨らんで、もう、今度の五十日祭でも仕える頃には、もう、満開じゃないだろうかというようなことを、私は今日は御霊様に、もうね、こういう一つの実感でなかなきゃ、交流しないのですよ。ね。
お祭りを仕えようと思うたら、もちろん、今朝入れたばっかりのお茶だったでしょうけれども、茂さん、もう一つお茶入れ直しなさいと言うてから、その、もう、本当にあの、湯気の立つお茶を見ながら、私自身が有り難うなりますもん。ね。
自分が喉が渇く時に、あらっ、御霊様が喉が渇きよりゃせんじゃろうか、と。ね。そういう、一つの思いというか、思いやりと言うか、同時に、導くということは、そこまで、その純坊じゃないけれどですね、懇切丁寧。はあ、便所そこですよって、言っただけじゃいかんていうこと。今日は、あの、私はお風呂を遅うなりましたから、御祈念前に入らせて頂いたんです。
ところが、もう、お湯が少なくてから、ぬるいんですよ。いかにぬる風呂でも、私が、これじゃ風邪引きそうにある。その、どんどん沸かせ沸かせと言うたけども、なかなか沸かん。それでも、やっぱりお湯をせにゃいかんから、お湯をたくさんして、後から入る人のためにたくさんお湯をしてどんどん沸かさせたんですけども。結局、私はぬるいまま上がって来たんです。
そして家内に、どうして私があんなに言うのに、さあ、上がったら、入った人に加減はどうか、お湯はあるか、お湯は少ないようなことないか、先生が入られるぞと、例えば入ってん、入らんなん、例えばです、そういう心がけていうものが、大事じゃないかと、私が言うんです。そりゃ、もう、2~3遍な私が喧しゅう言いますばってん、いくら言ったって聞かんですけんて。ね。だから、いくら言うても聞かんと言うて放任したら、もう、教導じゃないです。
だから、風呂入っとらんでん、加減はどうかね、お湯の加減はどうですかと聞いたら、はあ、お湯が少ないです、ちっとぬるいですと、誰だって言うに違いはない、と。お湯はたくさんにしといてくださいよ、ちった、お湯はたくさんにしといて下さいよと、後また入らんならんから。さあ、そのかわり、こっちで沸かすから、毎日聞いたらいいじゃないか、と。そうしていく内に、入っておる者が、ははあ、なるほど、お風呂入ったら、こういうようなところに心がけなければならんものだという事が分かるて、私が申しました。
ですから、例えばです、ね、信心というものはです、だんだん、自分がわかっていく。ね。ですから、分かっていっても、分かっていっても、それは限りがないのですし、また、真実のことを、自分の信心というものを神様が目の前に見せて下さるような姿が、子供の姿にあるのであり、ここで言うなら、信者の姿にあるのである。端々に至るまで、私に関係のある者の上にです、おかげを頂きまして有り難いという人もあればです、ね、それとは、反対のことになって行く人もあるということ。
そん時に、私が、我良しと思う心に取り組んで行って。そして、私が改まりますから、私が磨いて行きますから、という信心になって行かなければならんということと同時に、私が、この人よりも少しは分かっておるならば、私がそれが先輩であるならばです、そこんところの教導が、良い親切。いわゆる、懇切丁寧が、私は大事じゃないだろうか。ね。あんただんばっかりは、いくら言うたっちゃ同じことね。何遍言やあ同じことね。ちょっと、そのお湯が、ちゃっとしとかじゃこて、というのじゃなくてです。ね。お湯はどうかね、加減は、お湯が多い?とこう、こちらが聞いてやるんだ、と。それも、三日じゃない、五日じゃない、いつもそれを聞いて行きよる内にです、もう、この人には聞かんでも良いということに、段々、分かって来るのです。ね。
そういう風にして、私は、信心というものは、お互いに育ち育たれるものだと、私思うんです。我良しと思う心というものに取り組んだら、問題は無くなる。ね。同時に、それでも身に余るようなことが、やっぱりある。時には、やはり、それを私は温かい、大きな心でです、それを誘導して行くというか、教導して行く責任がある、私は先輩の上にかけられておるという風に思うんですね。
信心は、信心だけのことじゃありますまいけれども、そういう、私はあの、在り方にお互いならせて頂かなければならんと思うですね。どうぞ。